だいだいだより 絵本とこどもとものづくりの楽しい日々

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カテゴリ:日々のこと( 109 )

近頃の。

どうにもブログから遠ざかっている日々です。

ずっと、絵を描いています。

描ける時間をもらえることがありがたくて、ありがたくて。
そんな日々。

やっぱり、私は描くのが好きだ。

専門的に絵を学んだことがないというのは
コンプレックスの一つではあったりするのだけれど。

でも、
そんなこと気にならないくらい、
今は絵を描くことが楽しくて。

飽きっぽい私だけれど。

絵本のことなら
一日中でも、1か月でも。1年でも考え続けていられる。
描き続けていられる。

認めてもらいたいとか、
なんかいろいろ欲はあるけど、
そりゃあ、絵本として
出版したいなっていうのは
大きな夢だけれど。

今は、ただ、目の前の世界を
作りこむ。
大好きな場所に、愛おしい世界にしていく。

それだけが大事で。

いらない考えにおそわれて、
ゆれたりする日々もあるけれど。

描けるということは本当にありがたくて。

あと2週間。

わたしの全力で、
描こう。

そしてもう一つ。
嬉しいことがあった。

ドキドキするけど、絶対に自分のプラスになる仕事の依頼。
(アシスタントだけれど)

嬉しい。頑張る。

色々、無駄な考えに襲われるとき、
わたしはブログを、文章を書きたくなるらしい。

(とすれば、高校時代は、本当に、
日々を文章に書いて、消化するだけで、精一杯だったのだ。
だから、あれや、これやは、仕方なかったのだ。本当に)

最近は、目標も定まっているし、
日々のやることだって、やりたいことで埋め尽くされて、
もう迷うことはないところまで来ているので、
ここに書くことはあまりないのかも。

今日、久しぶりに書いたのは…

迷いじゃなくて、決意表明。

次に書くときに、
嬉しい報告ができるように。

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by kouboudaidai | 2018-08-19 20:05 | 日々のこと | Comments(0)

このごろ。

まためっちゃ久しぶりです。

そんなに忙しいつもりはないのだけれど、
じっくりと、今日のこと、明日のこと、未来のことを、
考える時間をあまり持てていないなあと気付いた今日、
やっぱり、やること増やしすぎたかしらと。
あれまあ、な、日々です。

楽しいこと、やりたいことしかしていないので、
全然、大変ではないのだけれど。

次への準備も、楽しいことばかりなのだけれど。

月に1、2回は、
立ち止まって、
心を広げて、
自由に考える時間が、
やっぱり必要だなあ、と。

それが無くなってしまうようなスケジュールは、
やっぱり、組んじゃいけないのだなあ、と。

まあ、今年は、このペースで走らなきゃいけないのですが。

意識して、ちゃんと時間を作って、
立ち止まることを、やろう、と。
思う、夜です。

考えれば考えるほど、
自分をコントロールできるようになる。

コントロール、って、なんだか、冷たいような、厳しいような言葉だけれど。

どれだけ、思いのままに、
もっともっと、楽しい、だけで、
日々を埋められるようになるか。ということ。

そして。
優先順位。

お金、って、やっぱり、強くて。

お金を得られることに、
ついつい、引きずられてしまう。

でも、それじゃあ、ダメで。

もちろん、お金は必要だけれど。

お金を得るために、
自分を失ってしまっては、
やりたいことを、置き去りにしてしまっては、
意味が無くて。

うーん。
やっぱり、考える時間が
足りてない。

惰性で考えずに。
日々に流されずに。

ちゃんと、考えられるように。

そうやって、
生きていけるように。


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by kouboudaidai | 2018-06-15 19:43 | 日々のこと | Comments(0)

謎。

とてもとてもお久しぶりの更新。

なんかもう、あらゆることが忙しすぎて
知恵熱でそう(ていうか出た)な日々で
まったくアウトプットできておりませんが。

こんな日々でも
コンスタントにブログ書けるようになれたら
いいなあと夢想したりしなかったり。

そんな日々の中でも、
こうやって今ブログ書けてるってことは、
ちょっと、精神的に
ひと段落ついたのかなって思ったり。

というか! それ以上に!!
不思議すぎることがあったので。

というのも。
ここ10日ぐらい、
なぜか、ブログの訪問者数が急増していて。

なにせ、書いたり書かなかったり、ほぼ放置のブログなので、
ちょっと前までは、多くて訪問者数10くらいだったのですよ。

それが、1月半ばに急に35に。
あれ、たまたまかな、って思ったら、
そのまま増えて、ここ数日は、100前後、
記事書いてもいないのに、pvも40あたりで安定してて。

謎。

なんで?
ってかんじ。

なんか…
システム関係の異常?(なんのことやら)

嬉しいような、気持ち悪いような。

ほんまに、
そんなにたくさんの人が
きてくれてはんの?
ほんま?

みたいな。

あのー、
もしよろしければ、
これ読まれた方、
イイネ押していただくか、
なにかコメントいただけたら嬉しいです~

そしたら、
あ、ほんとに、読んでもらえてるんだー、
って、わたしが喜びますんで!

よろしくお願いしますー。

いやー、

それにしても
謎…

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by kouboudaidai | 2018-02-02 19:29 | 日々のこと | Comments(2)

ごはんをつくるということ。

本屋さんで暮らしの手帖の
土井先生の連載を立ち読み。

料理のことで、
わたしが最近思っていたこととも
すこしリンクすることが
淡々と、でも、熱く語られていて
明るい本屋の中なのに
涙が出そうになった。

和食は、もともと素材の味をたべるもので、
最低限の味を足せばいいこととか。

外の料理と
おうちの料理は違うこと。
違うのに、一緒にしようとして
おかしなことになっちゃうこと。

塩加減は
自分の感覚を大事にして
「おいしい」をみつける、ということ。

そういうことが
やわらかく、
でも、まっすぐに、
語られていた。



インスタ映えする料理がもてはやされたり。
おうちのごはんなのに、
カフェみたいなごはんを目指さなきゃいけないような気にさせられたり。

そんなんじゃないよね。

おうちのごはんは、
そのおうちだけのごはんで。

「いいね」をもらわなくても。
家族がおいしいといってくれればそれで良くて。

人気のレシピに忠実に作るより、
家族が気に入る味のバランスを見つけることの方が大事で。

なのに、
なんだか、
情報に触れすぎると
ほんとうの
「おうちのごはん」が
ないがしろにされるような気がして、
おそろしくなって。

だから、
まっとうな、
土井先生の、料理への愛を感じて、
泣きそうになった。

そうだよね。
おうちのごはんって、
ほんとの料理って、
そういうものだよね。

いい文章に出会えて、
よかった。

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by kouboudaidai | 2017-12-02 20:07 | 日々のこと | Comments(0)

今、わたしは、ここが好き。

わたしが昔住んでいた場所があって。
おなじ土地にすんでいた、ほかのひとに、
「あの場所は嫌いだった」と
言われたり。

わたしが今いる土地を
「この場所は好きじゃないから
ほかの場所へ行きたい」
と言っているひとを
見かけてしまったり。

最近、なんだか、
そんなことが続いて、
ちょっとしょんぼり。

わたしは、
いろんな場所に住んできたけど、
昔いたあの場所も、
あの場所も、
いまいる、ここも、
大好きで。

そりゃあ、それぞれの土地に
マイナス部分は、それぞれにある。
そりゃあね。
完全に、けちのつけどころのない場所、
どこかにはあるのかもしれないけど、
自分にぴったりくる場所に、
たまたま出会えることなんて、奇跡だし。

どんな場所だって、
「そういう目」で見れば、
マイナスな部分はあるよね。

ここだって。
不便だし、車の維持費はかかるし、
公園は少ないし、子供も少ないし。

マイナス要素を探そうとすれば、きりがない。

だけど。

だけどね。

わたしは、ここが好き。

都会に育ったくせに、
なんで、こんなに、自然の中にいて安心するんだろうって、
その理由は自分でもわからないけど。

ここが好き。

隣のばあちゃんに泥つき大根をもらって、
りんごをお返ししたら、また里芋が返ってきて。

どんぐりやまつぼっくりの木の場所を知ったり。
好きな花の咲く場所や季節がわかるようになって。

雲の動きや虫の数で、天気がわかるようになって。

からだが、この場所になじみ始めている。
それが、とてもうれしくて。

生まれ育った、都会の街も、
ここに来る前に暮らしていた、あの場所も、
全部、大好きだった。

それぞれの場所を、
それぞれに、好きだった。

自分が好きだった場所、好きな場所を、
「好きじゃない」と言われてしまうのは
かなしい。

かなしい、けど。

でも、
それは、
ほかのひとの
感じ方で。

どう感じても、自由で。

でも、
わたしは、
ここが好きで。

わたしは
わたしにできることを
やろう。

もっと、もっと、
この場所とかかわって、
ここを愛そう。
ここを、好きになろう。

またいつか、
ここを離れることになったとしても、
「ここ」を好きだった、と
胸をはって、言えるように。


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by kouboudaidai | 2017-11-28 09:56 | 日々のこと | Comments(0)

ゆるむ、と、舞い込む。

今週の月曜日は
ブログにも書いたけど、
本当に久々に、
憂いなくリラックスできた日で。

リラックスできると
集中力が発揮できる。

なんか、逆みたいだけど、
ほんとなんだよ。

リラックス、って、
だらだらするってのとは
違うんだ。

肩の力を抜いて、
無駄な緊張を無くして
物事に向かう。

そうすると、
ものごとはうまくいきはじめる。

肩の力を抜いて、
ゆるんでいたら。

昨日はびっくりするぐらい
いろんなものがやってきた。

隣のばあちゃんからの柚子を皮切りに。
親戚からキウイが届き。
まだ固かったので、
りんご買いに行かなきゃね、って言ってたら
(かたいキウイと一緒にりんご置いとくとやわらかくなるらしい)
1時間後に別の親戚からりんごが届き。(笑)

友人から絵のお仕事の話が舞い込み。

ついでに、久しぶりにワークショップのアイディアも湧いてきて。

どうしたん!?

びっくりするわ。

偶然なんだろうけど。

ゆるんだことで、
なにか引き寄せたかな?
なんて
思っちゃうぐらい。

今日はさっそく
絵の仕事の打ち合わせをしてきて。

ちょっとのんびり気分だった12月前半が
急にばたばたと忙しくなってきたけど。

すごくすごく、ありがたくて、嬉しいことで。

なんだか、
人生って
おもしろいなあ、なんて、思ったりして。

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by kouboudaidai | 2017-11-23 10:01 | 日々のこと | Comments(0)

にほんご。

たとえば英字新聞で
プレゼントを包んだらかっこよく見えるけれど。

日本語の新聞で包んだら
明らかにプレゼントには
見えなくなるように。

日本語と活字とは
相性が悪いのだなあ、と。

寄藤文平さんの「デザインの仕事」を読んでから、
その思いは、ますます深くなる。

日本の新聞紙はかっこよくないけど、
百人一首なんかをさらりと筆で書き散らした和紙は
かっこいいよね。

つまり、そういうこと。

にほんごは、
特にかな文字は、
筆で書くとかっこいいし、
和紙と相性がいいのだ。

考えてみれば
当然のことだけれど。

なのに、
現代は、
にほんごは、相性の悪い相方とばかり
組まされている。

もったいない。

英語のロゴが入ったTシャツはかっこいいけど、
日本語の文章が胸元に書いてあっても、いまいちだよね。
でも、筆文字が全面に入ってる着流しとかだったら
かっこいいよね。

そういうことだよ。

それをね。

なんか、
うまく、
どうにかできないかなって
考えてる。

にほんご、好きだもの。

ひらがな、きれいだなって
思うもん。

ひらがな、かっこいいな、って
こどもたちにも思ってほしいもん。

にほんごの美しさが伝わる
(文字のかたちも、ことばの意味も)
そんな絵本を作れたらいいなと思う。



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by kouboudaidai | 2017-11-21 09:31 | 日々のこと | Comments(0)

ブログの意味。

いつも見ていただいてありがとうございます。

週末になんだかんだ行事があり、
平日はその準備に過ぎてゆき…
の半月が終わり、
近辺にとっての最大の行事が
昨日ひと段落したので、
なんとなく、ほっとひと息、の今日。

あちこち整理したり、
放置してた宿題を片付けたり。

今日がお仕事お休みだったのが
とてもありがたい。

そんなつもりはなかったけれど
やっぱり、いろいろ緊張していたんだな。

ずっともやもやして
とどまっていた問題にも、
やっと答えを出すことができた。

わたしには、
誰もいない空間で、
リラックスして
ぐっと集中して考える時間が必要。
せめて、2週間に1度は。
それがないと、
進んでいかない。
動いていても、
同じ円周上をぐるぐる
まわるだけになってしまう。

答えを出せなかった問題。

わたしにとって、ブログってなんだろう?
ブログとどう付き合っていけばいいんだろう?

頭の中には、
いつも、2種類の考えがあって。

「ものがたり」と、「日々の気付き」。

「日々の気付き」…。
いろんな物事に対する考え方や発見。
それは。
頭の中で考えているだけだと、
いつまでも、その中で漂ってしまう。
漂っていると、「ものがたり」に集中できない。
「気付き」はただのつぶやき、ひとりごとではあるんだけど、
だしてあげる場所は必要なのだ。

んで。

ブログって、なんか、
一本、筋が通ってないといけないような、気がしていた。
作品発表の場であったり、何らかの考えに基づいた日々をつづること、であったり。

だけど。

きっと、もっと、自由なもので。

その時、その時の、わたしの「やりたい」にふさわしいやり方で、
ブログと付き合っていってもいいんじゃないかな、って
思ったんだ。

わたしには、
「ものがたり」を紡ぐことが重要で。
「気付き」を文字にすることも、おなじくらい、大事で。

そのふたつを、
同じように扱おうとするから、
混乱するんだ。

「気付き」を文字にしたい。
誰に伝わらなくても、せめて、読みやすい、きれいな日本語で
言葉を紡いでいきたい。

そのためには、ブログはとても便利なツールだってこと、気付いた。

読んでもらうための記事にしなきゃとか、
目立つように、「いいかんじ」の写真撮って載せなきゃいけないとか、
なんとなく、わたしの中でブログのハードルが高くなってた。

でも。
別に誰に読まれないでも構わない。
文字だけのブログで構わない。
(だって、わたしが大好きな高山さんやいしいさんの日記も、
考えてみれば、文字ばっかりだ)

わたしにできる方法で、
わたしがやりたいことを
もっとやりやすくなるように。

そんな風に、
ブログと付き合っていこうと思う。

うん。

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by kouboudaidai | 2017-11-20 15:30 | 日々のこと | Comments(0)

やっぱり母は強いよなー。

いつも見ていただきありがとうございます。

ずっとエンターテインメントとして
読書を楽しんできましたが、
そろそろ四捨五入不惑なので(ひえー)
もうちょっと”教養”のあるにんげんに
なりたいと思い(無理)
無理でもなりたいと思い、
悪あがき中の今日この頃。

漱石やら一葉やら、
知らない単語の多さに
泣きそうになりながら
読んでみたり。

普段あまり読まない社会派の小説や対談集を
読んでみたり。

特にこの一週間は
幼児売買春の本と、水俣病の本を
立て続けに読んだので、
鬱々としております…。

でも、
わかった。

わたしは本当に何も知らない、
ってことが。

東南アジアの闇も、
水俣病も
チェルノブイリも
アウシュビッツも
言葉では
知っているけれど、
それが
どういうことなのか、
わたしは
全然知らない。

ひとつひとつ、
どれをも
簡単に知ることはできない。

歴史の授業の10分やそこらで
わかるものではない。

知ろうと思うなら、
自分で
時間をかけて
学ばないといけない。


世界中の
何もかもを
知ることは
できないかもしれない。

知ったからと言って、
何かができるわけではない。

遠く離れた国の誰かを
救えるわけではない。

わたしにできるのは
結局、
この一日を生きることだけ。

知れば知るほど
絶望しか生まれないかもしれない。


ただ、生きること、だけを
この地球上でつづけてきた
たくさんの生命たち。
その中で、
人間だけが
ただ生きること、以上のことを
しようとしてしまった。
そんないきものは
滅びるしかないのだ。


そんな風にも思う。


だけど、


どれだけ絶望していようが、
母親という生き物は
子ども達の、今夜のごはんを
作らないといけないのだ。

母親が強くなるのは
当然のことだと思う。

日常の強さ、というのは
すばらしいものだから。

そう、そして、
絶望があり、日常があり、
それでも、
わたしは、
知らなければいけない、と、思った。

あらゆることを。

真実はわからないとしても。

あらゆることを
知る努力は
しないといけない。

そんな風に
思っている。

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by kouboudaidai | 2017-10-26 05:49 | 日々のこと | Comments(0)

わたしの手。わたしの骨。

わたしは容姿にすごくコンプレックスがあって。
カオもスタイルも
ぜんっぜん、すきじゃなかった。

だけど。

製本教室に通うようになって。

去年も今年も、
担当の先生に
姿勢をほめてもらった。

姿勢って、
心構え、のことじゃなくて、
身体の姿勢のことね。

紙を折ったり、
板を切ったり。

作業の姿勢を
褒めてもらった。

そんで、
こないだは、いちばん尊敬している先生に
いちばん嫌いだった手を
褒めてもらった。
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骨太でフシも太くて、地グロで...
指先もまるっこい、ごっつい手。
女らしくない手。
白魚のような手、指先のすらりとした手に
どれだけ憧れたことか。

だけど、先生に、
「本作りに向いた手」だと、
言ってもらった。

美しくなくても
女らしくなくても

自分がやりたいことに
向いている身体を
しているんだったら、
それって、
けっこう
ええやん?

なんかね、
すごく、
気持ちが明るくなりましたよ。

本の道、がんばって、歩いていこう、って。

その道を、歩いて行って
いいんだよって、
だれかに
認めてもらったような
気が
したよ。

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by kouboudaidai | 2017-09-15 20:35 | 日々のこと | Comments(0)